大滝地区は一ノ瀬へ。

大滝地区は多賀町の南部に位置し、多賀町全体面積の半分以上を占めています。
「一ノ瀬」は大滝地区内の山間部にあります。約8割も森林で覆われている多賀町ですから、山間部と言っても他の集落とほとんど変わらない風景ですが。
しかし、現地を歩き訪ねることで、また新たな発見があるものです。

村の高台にある「長楽寺」は1185年に真言宗のお寺として開かれ、後に浄土真宗のお寺として、村外からも人々を集め、人々は薬師如来像に病気が治るよう祈りました。
こういった病気直しの場所としていたのは、その昔に「焼いた石に水をかけて、病を治す」よう権現によるお告げを受け、いわゆるサウナのような施設を造ったことが始まりであると、ここの住職さんは言います。

そして、病気を直す人もいれば、流行りの疫病によって亡くなる人も少なくはありませんでした。そういった亡くなった人々を供養するための場所も、この村には存在しました。
写真奥の建物は、疫病により亡くなった遺体から再び感染が広がらないよう、土葬ではなく、火葬するための小屋です。手前の岩は遺体・骨を入れる「ひつぎ」のような、担ぐことのできる箱を置く土台です。現代の葬儀の原型のようです。これら行事は村のお祭りとして代々行われてきましたが、現在は形として残っておらず、この場所も使われていません。

亡くなった人は村外から来ることも多かったようで、身寄りのない遺体もありました。そういった人々は無縁仏として写真のようなお地蔵さんと共に安置されています。村内の特にお地蔵さんが多く安置されている山を「堂山」と呼んでいます。

人々が病気を治すために集まり、また、死人を供養するために集まった場所「一ノ瀬」。
多くの人・思いが行き交った跡は、村の風土として受け継がれています。

そして、少子高齢化により、それが途絶える状況にもあります。
一ノ瀬はじめ多賀町内の多くの集落は少子高齢化にありますが、「人が減った」「空き家が増えた」からどうするという数値の解決より先に、「村の風土をどう受け継ぐのか」ということに向き合うことから、村を持続させる意味も見出せると私は考えています。
見たり聞いたりしたものをブログに書き残し、多くの人に見てもらいたい、これもその考えが元であったのかなと、今は思います。

大滝地区、まだまだ見るべき場所がたくさんありますね…と、その前に八重練についても調べねば。

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